平成19年度 国内研修旅行


 平成19年9月3日〜5日の3日間、九州地方へ研修旅行に行ってきました。今回は3カ所の曹洞宗寺院へ拝登した他、知覧特攻平和会館を見学しました。

 研修旅行初日。季節柄台風の接近が心配されましたが、幸い天候に恵まれ予定通り空路熊本空港に到着。途中昼食をとりつつ、はじめに向かったのは菊池市にある鳳儀山聖護寺様です。

聖護寺 参道 聖護寺

 聖護寺は延元3(1338)年に菊池氏第十代武重公の寄進により、大智禅師がお開きになった古刹です。一時衰退したものの、昭和17年頃に村上素道老師が再興し、現在は国内のみならず海外からの参禅者も修行に訪れる国際的な参禅道場となっています。安居中の雲水さん達とともに拝登諷経を勤めた後、境内をご案内いただきました。

聖護寺 僧堂 聖護寺 本堂前にて

 聖護寺には電気・ガス・水道が引かれておらず、炊事等は昔ながらの方法で行っています。室内照明等の最低限必要な電力はソーラー発電等によって賄っていますが、普段は電気を使わないそうです。伽藍の荘厳さや厳しい修行の様子に感嘆するとともに、日頃の自分の生活についても顧みる良い機会となりました。


 次に向かったのは、熊本市内にある大梁山大慈寺様です。夏目漱石が往時の風景を偲ばせる「大慈寺の 山門長き 青田かな」という句を残していますが、現在では市街地となっています。

大慈寺 仏殿 大慈寺 諸堂案内

大慈寺 拝登諷経 大慈寺 法堂前にて

大慈寺 鐘楼堂 大慈寺は弘安元(1278)年、開山寒厳義尹・開基川尻荘地頭川尻泰明によって開かれ、九州地方を代表する曹洞宗の名刹として名をはせてきました。

 また七堂伽藍を有した寺院で、その一つ一つが壮大で美しく、寒厳義伊文書四幅と梵鐘が国の重要文化財となっている他、県の重要文化財も多数有しています。

 ご住職様は、法務のため当日はご不在でお会いすることが出来ませんでしたが、お二人の役僧さんに諸堂をご案内いただき、大慈寺の歴史や由来についてのお話をお聞きする事が出来ました。

 1日目の拝登はここまで。この日は熊本市内のホテルに宿泊。


 2日目は九州自動車道を南下し、鹿児島県姶良町にある吉祥山紹隆寺様に拝登しました。
紹隆寺は大本山永平寺の鹿児島出張所で、会長をはじめ何名かの青年会員がこちらに安居していたことがあります。


 はじめに宗像監寺老師を導師に諷経を勤めた後、諸堂をご案内いただきました。本堂は鉄筋二階建てで、一階は坐禅堂・位牌堂、二階が法堂となっています。また、最近新築された客殿には玄関のスロープやエレベーターが設置されるなど、バリアフリーに配慮した造りとなっています。広い堂内を拝観したのち、客殿にて監寺老師よりお話をお聞きし、また、護持会の方からは紹隆寺の歴史や鹿児島の名所などが書かれた手作りの冊子を頂戴しました。

紹隆寺 法堂 紹隆寺 拝登諷経

紹隆寺 僧堂 紹隆寺 法堂前にて

 紹隆寺をあとにした我々は、錦江湾に沿って走る国道10号線を南下。鹿児島市内にある城山公園で雄大な桜島の姿を眺望した後、この日の宿泊地である指宿へと向かいました。指宿と言えば砂風呂が有名です。会長はじめ数人が入る事に。残念ながらカメラの持ち込みは出来ませんでしたが、適度な重みと砂からじわじわと出る熱に、体も心も癒されました。

桜島


 研修旅行もいよいよ最終日。この日は指宿から程近いところにある、特攻基地と武家屋敷で有名な知覧町へ向かいました。はじめに武家屋敷を見学。江戸時代にタイムスリップしたような街並みには、当時を偲ばせるようなお屋敷が多数連なり、各屋敷にはそれぞれに趣の異なる手入れの行き届いた庭園があります。また、知覧はお茶の産地としても有名で、休憩所では美味しいお茶が無料で振る舞われていました。

武家屋敷 武家屋敷内庭園

 次に、知覧特攻平和会館を見学しました。第二次大戦中、知覧には特攻基地があり、多くの若者が片道分の燃料と大量の爆弾を積んだ戦闘機に乗って、沖縄方面に出撃していきました。戦後、世界の恒久的平和と史実を正しく後世に伝えたいという願いのもと、地元住民や元特攻隊員だった方々の協力により、この知覧特攻平和会館が建立され、特攻によって命を落とした千名を超える若き特攻隊員達の遺影や遺品、当時使用された戦闘機などの関係資料が展示されています。

開聞岳 知覧特攻平和会館

 特に釘付けになったのは、特攻隊員達が残した手紙や遺言です。二十才前後の若者が、まもなく死ぬのだという恐怖を微塵も出さず、ただ「お国のために」散っていく決意、そして残された者達に対する気遣いを書き記しています。その陰にはどれだけの苦悩や無念さがあったことでしょう。彼らの尊い犠牲が礎となり、現在の我々があるのです。彼らのためにも、二度と同じことを繰り返してはならないという思いを改めて感じました。

 今回の研修旅行では、訪問した先々で多くの方々に丁重なおもてなしをいただきました。心より感謝申し上げます。青年会ではこれからも有意義かつ楽しい研修を行って参ります。多数のご参加をお待ち申し上げております。


〜青年会員の感想〜

命に代えて何をか護らん

 九月初頭、鹿児島の知覧を訪れました。知覧は薩摩の小京都と呼ばれる美しい場所ですが、何より知覧という土地を有名にしているのは、それは知覧が特攻隊の出撃基地であったということであります。

 後ろ髪引かれるような数々の思い出がありながら、それでも薩摩富士開聞岳の美しい稜線を今生最後の景色と眼に焼き付け、生還手段絶無の戦いに沖縄に向かう特攻兵士の気持ちを思うと、胸がいっぱいになります。もう二度と帰ることの出来ない祖国、もう二度と会うことの出来ない愛しい家族のため、本人は命を散らす宿命を受け入れました。それはひとえに、この身に代えても大切なものを護りたいという一念であったのです。

 それが当時の考え方であったとはいえ、悲しすぎる宿命でした。人が生きるために、人を殺め、そして自らも散ってゆく。はたしてそれは正しいことであったのでしょうか。

 御仏は決してそうは教えておりません。他人を傷つけることが、自分たちの幸せにつながるということは絶対にないのです。むしろ人様のために生き、共に微笑みあえる関係を築き上げることに尽力することこそ、御仏の心にかなった生き方です。「愛するもののために」とはまことに崇高な気持ちであります。しかし自己犠牲よりも共生、つまり「愛するものと共に生きよう」とすることこそが御仏の願いなのです。

 縁あって生かされ、有り難い命を共に生きてゆく私たちであります。それに対し戦争とは、人の共生の願いを当然のように奪ってゆきます。大変に罪深いものであると知るべきでありましょう。過去に学び、特攻の悲劇を知る私たちだからこそ、もう二度と同じ過ちを繰り返してはなりません。繰り返させてはなりません。
「殺すことなかれ、殺させることなかれ」これは御仏の願いであり、人類共通の願いです。


 知覧を後にし、再び開聞岳を見やると、港湾にいまなお艦船が展開し、特攻兵士の御魂が日本という国を護ろうとしてくれているかのような錯覚を覚えました。
はっとして思わず手を合わせ、心の中でつぶやきました。
「どうぞご安心ください。あやまちは決して繰り返しませんから。」


 静かに過去を反省しつつ、明るい共生の未来を見据える私たちでありたいものです。

市原市 龍本寺 畠山賢陀 合掌


●会長のコメント●

 ご参加頂いた皆様、お疲れ様でした。超マジメな研修旅行、いかがだったでしょうか?

 今回の旅行で訪問した所は、私が皆さんにも是非見ていただきたかった所、もしくは私自身が是非行ってみたかった所ばかりです。

【菊池市の聖護寺】
電気・ガスのない僧堂生活はどんな感じなのだろう?と言う素朴な疑問から、是非行ってみたいと思っていました。実際にはソーラー発電等を利用しているとのことでしたが、基本的な生活は本当に電気・ガス無しだそうです。人里離れた山奥にあり、修行道場として素晴らしい環境です。


【熊本市の大慈寺】
熊本の有名な古刹。七堂伽藍が整備され、荘厳な佇まいです。現在のご住職は、私が永平寺修行中にお世話になった佐藤泰道老師。残念ながら佐藤老師はご法務でご不在でしたが、懐かしい修業時代の先輩と10数年ぶりにお会いして、先輩のお師匠様である永平寺の元監院老師(修業時代に近くでお世話をさせていただいた)の近況をお聞きすることが出来ました。


【鹿児島の紹隆寺】
大本山永平寺鹿児島出張所。修業時代に約半年間お世話になりました。超大型台風による災害、本堂落慶の準備など、数多くの思い出があります。以前に伺った時よりも更に伽藍が整備され、現在の監寺老師の元、雲水さんが修行に励まれていました。在鹿当時お世話になった懐かしい方々との再会もあり、感無量でした。


【知覧特攻平和会館】
第2次大戦当時、特攻機の発進基地があった知覧町にある特攻の博物館。知覧基地から沖縄方面に出撃した全特攻隊員のお名前と遺影、遺書、遺品などが展示されています。当時の特攻隊員のほとんどは10代後半から20代前半。遺書に綴られた文字や言葉が胸を打ちます。ここは是非皆さんに観ていただきたかった所です。


次回以降も中身の濃い研修旅行を企画して参ります。ご期待下さい。


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