ペット慰霊祭】              廣壽寺 副住職 松山健雄

 現在、私の実家では犬を1匹、猫を2匹飼っています。しかし一昨年前まではもう1匹猫がいました。昭和60年に我が家にやってきたそのもう1匹のメス猫は、仔猫の時から飼ったためとても人なつこく、或いは人間に依存しきっている猫でした。しかしよる年波には勝てなかったのか、平成15年、ついに亡くなってしまいました。父と兄(自分も含め全員僧侶です)とで中庭に埋め、お経を挙げました。その時に父が涙していたのを今も鮮明に覚えています。「年をとって涙もろくなったな」と一瞬感じましたが、「そうか20年近いもんな」とあらためて思いました。私は諸事情で8年半ほど実家から離れていましたが、父や兄にとっては正に丸々“19年間”の付き合いだったのです。

 前振りが長くなりましたが何故こんな話をしたかというと、私が現在副住職を仰せつかっているお寺では地元のペット商組合主催で「ペット慰霊祭」という法要を、毎年秋の彼岸中の水曜日に営んでおります。住職の話によると、農村地帯であるこの地域では人と動物がお互いに共存してきたという認識が強くて古くから蓄霊墓があり、20数年前にペット商組合から慰霊祭の話しがあった時に二つ返事で了承し、慰霊碑も建立したという事です。こういった意識は、自分たち(人間)が生きるための道具以上の思いを家畜に対して抱いていた、という証でしょう。

 彼岸、お盆或いは命日など、私たちは親しかった、愛していた故人を偲んでお墓参りをする習慣があります。今いる自分があるのは先に亡くなった方々のおかげ、という思いは誰しもあるでしょう。私もそうです。しかしかつて自分を癒し、生活を共にしたペットに対してはどうだったか。そんなことを考えさせられながら、また今年もペット慰霊祭を営ませて戴きました。


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