おっちゃんと僕                 長寿院 徒弟 渡部鋭幸

おっちゃんと僕が初めて会ったのは、もう一年半くらい前になるだろうか。
駅前で募金をしていたら、酒くさい息でからんできた。しかも目の前30センチからでかい声でわめく。
こっちも無視しながら、大声で募金を呼びかける。そんな最悪の出会いだった。


「二度とくるんじゃねぇ!」とか言われたが、こうなれば意地の張り合い。その後の募金も随分ともめた。

それからどのくらい経ったのだろう。
ある日おっちゃんが「おう坊主、おめえ困ってる人の話し聞いてくれんのかい」と聞いてきた。
相変わらず声はでかいし酒臭い。でも何かが違う。僕はおっちゃんの身の上話しを聞いた。
詳しい事は書かないし、たいした事が言えた訳でもない。でもそれから少しずつ、おっちゃんは心を開いてくれた。


けれどそれから、おっちゃんとは会わなくなった。冬だった。風邪でもひいているんだろうか。

初夏になった。久々に会ったおっちゃんは、随分と、やさしいおっちゃんに変わっていた。
「和尚、俺ガンで運ばれたんだよ」と、おっちゃんはお腹の手術跡を見せてくれた。
「おっちゃん、そんなら酒やめなよ」と言ったら、気まずそうに笑った。


病気がきっかけで、おっちゃんは身の回りの人の有り難みが、身にしみたと言った。
それが嬉しい気もしたけれど、そのやけに優しい声が、もの寂しい気もしないじゃない。



「和尚。俺、母ちゃんいるんだけどよ、迷惑もかけたし、会うのが恥ずかしいんだよ」

おっちゃんは笑いながら、でも、寂しげにぼそっと言った。
「大丈夫だよ、会ったげなよ。家内安全のお札持ってるから、お母さんのお土産にしてよ」
「ありがとよ。でも曲げちゃうと悪いから、また今度いただくよ」
「うん。でもおっちゃん、お母さんには会ったげてよ」
「わかったよ」
おっちゃんは笑いながら、僕に手を振った。


それから、おっちゃんには会ってない。元気だろうか。また寒い季節になる…。
(完)


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