ちからを抜く                 大泉寺 住職 児玉昌広

 ひょんなことから当青年会でバンドを結成する事となり、私もお誘いを頂いた。速いものでもう3年楽しませてもらっている。その中でいつの間にか私は、長年連れ添ったギターを置き、パーカッションという、叩けば音の出る類のものを担当するパートになっていました。別にメンバーからのリクエストがあったわけでもなく、只自分の思いつきからである。ギターもタイコもほめられる腕前ではないが、みんなで演奏するのは理屈抜きで実に楽しい。


 ギターや、それに似た弦楽器しか知らなかった私にとって、タイコ、それも素手で叩く系のモノはまったくの未知の領域、以前から多少のあこがれがあったのでここぞとばかりにチャレンジしている。
 ギターだけだった男が、一度他の楽器に手を出すとタチが悪い。今は音が出るモノすべてが興味の対象になってしまい、最近では新たに竹製の横笛がお気に入りに加わっている。メンバーはあきれ顔だ・・



 寺という自営業に近い職場だからできるのだが、私はそれらの楽器をいつも廊下やパソコンの前に置いておく、(小物楽器が多いので邪魔にならない!)朝、お湯を沸かしている時、本堂に行く途中、パソコンの起動中等々、数分音を出す、毎日苦もなく練習?ができる。


 はじめから音が出しやすい楽器、なかなか音の出せない楽器、自分の歌声、いろいろあるが、一番大事なコツはリラックス、ちからを抜く事だと気づいた。ちからを抜くと、きもちがいい音や難しいフレーズが、おおきな音で出来る。でも、ちからを抜くって難しい・・


 以上このような話を我が曹洞宗の坐禅と結びつけて、坐禅もリラックスなどと言えば皆に叱られるが、腹式呼吸の坐禅は「こころもからだもちからを抜く」もってこいの行いだと思っている。
 バンドメンバーのみんなとも、末永い活動ができたらうれしい。


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